はじめに

一九九七年の神戸児童殺傷事件、 一九九八年の黒磯教諭刺殺事件と中学生が起こした事件、 また近年いじめによる中学生の自殺が相次いでいることもあり、 テレビや新聞、雑誌などで中学生をめぐる問題が数多く取り上げられています。 そうした現在にあって、マスコミによってつくりあげられている中学生像から離れて、 生徒たちの本音を聴いてみたいという思いからこの本は企画されました。

本書は中学で国語を教えている私が発案し、知人、友人に呼びかけ、 それに賛同した人たちの協力でできあがったものです。

本書は三部構成になっています。中学生(一部高校生も含む)に 「自殺について」「殺人について」「親になること」といったテーマで 公募した作文を集成した「アンソロジー・生徒たちの声」を中段に置き、 前段にその作文を土台に本書の協力者、執筆者が討論をした記録「座談会・本音を聴く力」、 後段にそれぞれ自由な立場で今日の教育にかかわる問題を テーマに執筆願った「エッセイ・教育大乱の時代を考える」を置くという構成になっています。

作文の公募は一九九八年七月二十八日の京都新聞に 「中学生の『本音』作文にぶつけて」という記事とともに掲載されました。 出版時には作文はすべて匿名にすることを明記しています。

本書の編著者の一人である鶴見俊輔氏は以前から、 子どもたちが学校に入ると「親問題」から切り離されてしまうと指摘してきました。 この「親問題」とは、たとえば「どうして私は生きているのか」といった正解などない問いのことを指します。 これは哲学的な問いでもあります。 子どものころに自分の心に湧いてきた「親問題」は、大人になり、死ぬまで手放さず反復し、自問自答することが大切だと説いています。 そうした問いを押し込め、切り捨てさせて、知的技術だけを訓練し身につけさせ、 それに見合った解決可能な問題にしか目を向けない人間をつくっているのが日本の学校教育ではないかと疑問を呈しています。

今回、生徒たちの書いた作文は、鶴見氏のいわれている「親問題」に取り組んだものといってよいでしょう。 生徒たちの声から、私たちは何を読み取るかが問われています。

一般の人たち、教師や中学生をもつ親たちに広く読んでもらいたいという願いからこの一書を世に送ります。

福島 美枝子

『本音を聴く力』